からりと晴れ上がった気持ちのよい初夏の一日、「ものづくりをめぐる小さな旅」講座で三重県鈴鹿市にある墨の「進誠堂」を訪ねました。
まずお店に行き、そこから奥様が近くの作業場へと案内をしてくれました。作業場に入ると強烈な匂いに驚きました。ご主人の伊藤忠さんは現在、鈴鹿墨を継承されているただ1人の職人さんです。薄暗い作業場で真っ黒になって作業されている伊藤さん。祖父の代からの家業を受け継ぎ、この仕事に入られたとか。伊藤さんの墨作りにかける情熱は、いつしか強烈な匂いも忘れさせてくれました。
工程を見せていただきました。

1)材料になるすすはごま油、菜種油を燃やして集めたもの。200キロリットルのドラム缶いっぱいの油を燃やしても7、8キロしか取れないという貴重なものです。和歌山の業者から仕入れますが、墨のぼかし風合いをどう出すかなど、製品によっては、材料にするすすの粗密など細かく指示して作らせるそうです。伝統の技の奥深さに、改めて驚きを感じます。

2)そのすすに、水牛や鹿から作る膠(にかわ)をまぜて、香料を入れて団子にします。その柔らかい固まりを木枠に入れます。多様な形質やデザインの墨を作るとあって、木枠も数多く必要です。

3)含まれた水分を減らすために乾燥に時間をかけます。まず、灰の中で1カ月ほど。わらの灰は殺菌作用があり、カビを防ぎます。

4)その後、屋根裏につるして3カ月ほど乾燥させます。これでもまだ完成ではありません。3年も寝かせてようやく出来上がりです。墨は気温や湿度の変化でひびが入ることがあるので、大事に大事に扱わなくてはなりません。作業は11月から5月初めごろまでにします。夏は温度も湿度も高く、墨作りには不向きなのです。
こんなに大変な作業をして作り上げる墨も、今では需要が減っているのが現状です。そこで、伊藤さんは書家からの希望に応えるようなオーダーメードの墨作りをされています。すすと膠の混ぜ具合によって微妙な色を出すのだそうです。真っ黒ではなく、薄く青い色や、ぼかしたような色合いなどのイメージを持って作ります。
黒といっても300種類ほどの色があるとは驚きました。 香料にラベンダー、ローズヒップなどいろいろ試して新しい墨作りにも挑戦しています。
伊藤さんにとって、この仕事をしていて一番の喜びは、書家の希望された色を出せたときだそうです。でも、それは3年待たないとわからないのですから、本当に気の長い話ですね。
まだまだ若い伊藤さんですが、20歳からこの仕事を始めたといいます。
伝統の技を受け継ぐ職人としては、もうベテランと腕を誇ってもいいくらいに思えるのですが、「この仕事に入ったきっかけはやはり祖父、父の仕事を見てきたからですが、本当は墨職人になるつもりはなかったのですよ。20年以上も墨作りをしてきたけれど、満足いくものが出来るようになったかどうかはまだ分かりません。あるいは死ぬまで出来ないのかもしれません」。
職人技、仕事の奥深さと重さをしっかり受け止め、謙虚におっしゃいます。
真っ黒になった手をなでながら話す伊藤さん。その墨作りへの真摯なまなざしに、伝統と時代を超えて継承していく鈴鹿の墨作りにかける情熱が伝わリ、私たちも感動した時間になりました。
帰りに高価な墨を買われた受講生もいらっしゃるようです。ところで、その真っ黒になった手は毎日、「ウグイスの糞」で洗うときれいに汚れが落ちるそうです。なるほど、ウグイスの糞とは、それもまた、貴重なものが必要なのですね。
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